2016年10月14日金曜日

インフレターゲットはリフレではない

原田日銀審議委員がインフレ目標を掲げていればリフレ派なので「日銀も政府も全員リフレ派」で「全世界もリフレ派」などと血迷った暴論を語っているがインフレーションターゲティングはリフレ政策ではなく増税ばかりの政府にもリフレ派はいない。経済が停滞する中で古い金融政策だけは未だに有効だと思っているなら世界の中央銀行はリフレ派だと言えるが何年も金融緩和を行っているのに一向に効果が出ないのを見て多くの国は金融政策だけでの景気浮揚に限界を感じている。日銀も出来ないものは出来ない、わからないものはわからないと正直に言うべきであろう。

まず用語の説明から入ろう。リフレーションとは再膨張という意味でマネーサプライの増加と減税によって経済と物価を長期トレンドに戻す景気浮揚策である。マネーサプライとは流通している「お金のようなもの」のことだ。創造性が高くクリエイティブな日銀は勝手に定義をしてマネーサプライとマネーストックを別物としているが英語では同じものを指す。英語でマネーストックと検索してもまともにヒットしないのでここではマネーサプライの方を使う。マネーサプライのうち現金と中央銀行を含む全銀行の預金を合わせたものをマネタリーベースという。マネタリーベースとマネーサプライの比を貨幣乗数といい銀行がどれだけお金を貸し出したかを測る指標となっている。貸したお金は誰かのものなので銀行は誰かから借りたお金を別の誰かに貸していることになる。これが信用創造だ。

インフレターゲティングとは文字通り予想(願望)インフレ目標を掲げることによって実際のインフレ率をそこに導くという近年未達が相次いでいる政策だ。英語だがInflation Targeting: Holding the Lineに詳しい説明がありそこでインフレターゲットの歴史にも触れているのでかいつまんでみると、インフレターゲットは通貨ペッグとマネーサプライ成長率のコントロールという過去の金融政策体制の失敗から生まれたとある。通貨ペッグとは自国通貨と特定の通貨の為替レートを一定に保つ政策であり低インフレで基軸通貨のドルとペッグされることが多い。これはインフレ制御を他の通貨に任せた相手国頼みの政策であり危機に対し自国で対応できないという弱点がある。マネーサプライ成長率のコントロールはマネーサプライとインフレ率の相関に注目したものだがマネーサプライ自体がコントロールできなかったり相関関係が変化したりすると役に立たなくなる。

インフレ目標は過去の金融政策の失敗から生まれたものでその失敗の一つにマネーサプライ成長率のコントロールという政策がある。マネーサプライは中銀が思ったように操作できるものではなかったのだ。リフレにはマネーサプライの増加という金融政策と減税という財政政策があるがこの片方は既に失敗しているということだ。日銀はマネタリーベースを増やすことでマネーサプライが増加すると目論んだがこれは間違っていた。マネタリーベースを増やしてもマネーサプライが増えるとは限らないからだ。これは当たり前の話で資金需要がなければいくらマネタリーベースを増やしても貨幣乗数が下がるだけでマネーサプライは増えない。

参考までに近年の日米欧のマネタリーベースの推移を見てみよう。実は量的緩和の先駆者は日本で2000年代の白川日銀総裁時代にゼロ金利政策でマネタリーベースを1.5倍程拡大させている。だが目に見えた効果が何もなく意味がなかったのでやめてしまったのだ。それを経済学者たちは量が少なかったからだと解釈してバーナンキ元FRB議長はリーマンショック後にマネタリーベースを過去に類を見ないレベルで急拡大させた。アメリカはその後出口戦略を始めて利上げを模索することになるがQEもQE2も米国の量的緩和政策の効果には疑問を感じざるを得ないだろう。米国は見切りが早く間違いがあれば正せるのでその出口戦略は参考になる。今後米国経済が悪化した場合FRBが株式ETFの購入やマイナス金利導入をするかも気になるところだ。ヨーロッパはマイナス金利こそ実験的にいち早く導入したがマネタリーベースの増加は控えめで保守的と言えるだろう。日本は米国の真似をして意味のなかった量的緩和を規模を拡大して再開しヨーロッパの真似をして否定的意見も多いマイナス金利を導入した。量的質的緩和と名前を変えて真新しさを出しさらには世界初の株式ETFの大量購入までしている。日銀は国債発行額の4割を保有し多くの日本株の筆頭株主となりもはや安全な出口があるとは思えない。

資産購入によるマネタリーベースの拡大では資産バブルが起きるだけで物価も上がらず経済も一向に回復しない。日本は過去に試したことがありアメリカでもそれ程上手くはいかなかったのにオオカミ少年の黒田総裁は出来ると言い張って続けている。まるで穴が開いた風船に必死で息を吹き込んでいるようだ。マイナス金利も危険な毒薬と言えるが株式ETF買い入れはやめれば間違いなく株価が下がりマーケットを混乱させずに売るのも非常に難しいので依存性のある毒薬を飲んでいると言っていいだろう。バランスシートで見ても金利で見ても政策で見ても一番リスクを負っているのは日銀だ。

ここで本題に戻ってくるがインフレターゲットは具体的な政策ではなく中央銀行の重要な使命である物価の安定のためのコミットメントという側面が強い。一方リフレは落ち込んだ経済と物価を「再膨張」させ長期トレンドに押し戻すためのツールである。アベノミクスとともに脚光を浴びたのが日本のリフレ派なのでアベノミクスはリフレであるがインフレターゲットはリフレではない。コミットメントとそれを実行するツールは別物だからだ。そしてリフレというツールは失敗が約束されている。日本の物価は安定している。経済成長も1%未満の潜在成長率に近いものだ。物価も経済も長期トレンド上にあるというのにどこに押し戻そうというのか?無理に脱線させようとすれば元に戻ろうとするのは当たり前だ。

アベノミクスは金融政策ばかりが注目されているが財政政策を見れば負担増や増税ばかりでとてもリフレ派とは言えない。リフレ派なら減税をしているはずだが実際はその逆なのだ。安倍政権はデフレ派だとさえ言える。この金融政策と財政政策のちぐはぐさがブレーキをアクセルを同時に踏んでいると言われている理由だ。リフレ派なのは日銀だけではないのか。

日本のリフレ派は供給過剰で需要がないから物価が上がらないのに無理やり物価を上げれば需要が生まれると思い込んでいる。経済がよくないのに物価だけ上がればそれはスタグフレーションだ。安倍政権の息がかかり独立性を失った日銀はただインフレを起こして物価を上昇させたいだけのようだ。中央銀行の重要な使命である物価の安定を放棄し物価を不安定にしているのは日銀自身なのだ。出口のない泥沼に入っていくのはもうやめにしてほしい。

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