長期的には潜在成長率を下げる副作用のある金融緩和を中央銀行はやりすぎた。高インフレと格差の拡大という結果が顕在化してきた以上、中央銀行は国民の敵と糾弾される前に過剰な緩和政策を修正すべきだ。
金融緩和は経済にはマイナスである。それは、緩和的政策では必要のない人たちにお金が配られるが必要な人たちは恩恵を受けられず、淘汰されるべき企業が延命されてゾンビ企業になり新陳代謝を悪くするからだ。古くはグリーンスパンプット、GFC後はバーナンキプット、近年はパウエルプットと金融市場が動揺するたびに中央銀行はプットオプションのように機能してきた。下がったら中銀が対応してくれるので下落は買いというパブロフの犬のような状態ができあがってしまった。これは正常な市場機能という面でも持つ者と持たざる者の格差という面でもよろしくない。レバレッジをかけて投機的な取引を繰り返すギャンブルが正解だというのは市場に間違ったメッセージを与えることになる。
ソース:Explainer: The Fed is planning to cut its balance sheet. Here's what we know.
上記の画像を見れば一目瞭然だが2009年の金融危機は終わっていない。以前は1兆ドルもなかったFRBの資産がすぐに2倍以上に増え、その後も資産購入を続け2014年には4兆ドル超となっている。そこで緩和はやめたが引き締めもしていない。2018年に金融引き締めを開始することにしたがそのペースはカタツムリのように遅く元に戻すのに10年以上かかるようなものだった。しかもそれはわずか2年で終了した。新型コロナ対応で空前絶後の資産購入を行ったのだ。緩和は2年経っても続きFRBのバランスシートは8兆ドルを超えた。今後金融引き締めを開始してもGFC前はおろかパンデミック前に戻れるのかすら疑問だ。前回の引き締めペースであれば完全に後始末を終えるのに25ー30年はかかるだろう。中銀のバランスシートは原子力発電で増え続ける核廃棄物のようだが処理計画はあるのか?金融市場に打撃を与えてでも金融政策を正常化する決意が持てるのか?中銀と市場の蜜月をいつまでも続けるわけにはいかないだろう。
政策に売りなしという相場の格言があるがそれは事実だろう。中銀がその気になればある程度金融市場は操作できる。だが緩和の恩恵を受けるのは富裕層でツケを払うのは国民だというのが問題だ。無限緩和の終わりはインフレが無視できなくなり誰が最後に買うのかというチキンレースになりそうだがこうなるまで放っておいた世界の中央銀行の責任は非常に大きい。積み上げたバランスシートを見れば中央銀行が失敗したのは明白だ。13年以上経ってもろくに処分すらできずコロナ騒動ではさらに積み上げた巨額の債券をどうするのか?中銀は後始末をせず金融市場だけに甘い顔をすることに慣れてしまったようだがいい加減この悪癖は断ち切るべきだ。
GFC以降の中銀の得意技は利下げと債券購入だがこれがどう経済に作用するか考えてみよう。金利がゼロだとしても借りられるのは信用のある人だけだ。稼いでいる個人は住宅ローン金利低下の恩恵を受け、富裕層は住宅を買って貸すために借りる。コロナによるパンデミックでは現金を配ることも行われ金融政策と財政政策の両輪でバラマキがなされた。企業に直接貸し出しもしている。消費者は低金利に慣らされて借金漬けとなった。奨学金ローン、クレカローン、自動車ローン、ジャンク債など返済されるかわからない質の低い債券も増えている。公的債務、家計債務、企業債務の全てが高水準だ。中銀はこれらを買い入れ自身のバランスシートを拡大することで緩和的環境を作っているが買えば借金がなくなるわけではない。リーマンの後始末もせずそのままコロナ対策もしてというのは無理があった。
緩和で増えたお金は一体どこにあるのか?まず住宅ローンや社債を中央銀行が買うことで信用力のある個人と企業が恩恵を受ける。住宅やマンション価格の高騰でもわかるように富裕層に低金利で貸し出すと住宅は買い占められてしまう。値上がりで中間層が住宅を購入できなくなってしまうからだ。次に金持ちは買った不動産を貸しに出す。買えなくなった層は借りるしかないので大家をしていれば儲かる。この現象は実際にある程度確認できるだろう。では企業はどうか?企業は自社株買いで株価を上げ、経営者はストックオプションで高値の株を現金化できる。ストックオプションと同額の公募増資をしても経営権を維持できる。金融機関は手数料で儲かる。高い株価を維持できればストックオプションと公募増資で無限にお金を増やせるのだ。
後始末をしないまま何度も緩和するという悪しき前例ができてしまったがそれで資産を増やしたのは既に資産を持っていた人たちだ。超富裕層はコロナ後2年で資産が2倍になったそうだ。中銀の金持ち優遇はもはや受け入れるしかないのかもしれないが緩和で得するのはお金を借りられる人、会社とその経営者だけなのだ。そして投資の世界でもギャンブルした者勝ちという状況になっている。割を食うのはバリュー投資やロングショート、空売りなど企業の実質的価値に注目した真っ当な投資家たちだ。買えば上がる相場ならみんなが買う株を買うのが一番で、そうなると指数や大型株ばかりが買われることになる。低金利はグロース株に有利であるから利益のない、あるいは利益が株価に対して相対的に少ない「儲かってない」会社も人気が出る。この状況が続けば資産配分が非効率になり、過大評価は是正されず割安株も放置されたままになる。ファンダメンタルズが意味をなさなくなりリサーチをするだけ無駄になるので市場機能も低下してしまう。
なんでもかんでも買っておけばいいので需給も崩れて期待リターンが下がっていく。調べる時間など不要でインデックス投資をしていればいい。金利は30年間も下がり続けてきたので中銀の緩和はここ最近始まったものではないが後始末をしない金融緩和を正当化するようになったのはリーマンショック以降だ。政府、民間、個人とみなが借金を増やし、格差を拡大するバイアスがかかり続け、住宅価格は高騰し、非効率な資産配分により潜在成長率は下がっていく。返済に追われ有望な投資ができなくなるのは悪い借金の兆候だがいくらでも借金ができるならその兆候も見つけるのが難しくなる。
中銀が呪文のように言っていた「高インフレは一過性」という願望が打ち砕かれ金融引き締めが迫られる局面となってきたが利上げしてもインフレを止められるとは限らない。エネルギー価格と供給力不足によるものならば金利を多少上げたところでインフレ率は下がらないだろう。長期緩和の副作用で債務も株も住宅もバブルで経済的格差は広がったが金融引き締めで逆回転が起きてもインフレ退治ができるかはわからないのだ。中銀はインフレを制御できると思っているかもしれないがインフレの原理もわかっていないしインフレと戦う武器だと思っているものはそうでないかもしれない。インフレを制御できないと中央銀行は国民の敵になる。そうなれば株価が下がっても緩和できないが市場はその可能性をどの程度織り込んでいるのだろうか?金融緩和の失敗を認めて後始末をする日が来るのを期待したい。
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