2020年3月8日日曜日

忍び寄る円安の恐怖 金融政策の限界

悪夢の前触れか。消費増税とコロナウイルスによる景気後退の中でリスクオフで円安という非常に危険な局面があった。これは日本経済と対外情勢の構造変化によるものでありもし危機が顕在化した場合回避策は存在しない。政策変更をしない限り今後は市場下落局面でも円高が進まず逆に大きく円安になることがあるかもしれない。


日銀がゼロ金利政策を採用して以降の2000年代から日本円は安全通貨と呼ばれる動きをするようになった。リスクオフで買われることがその由来だがそれは円に需要があって買われているわけではなく、リスクオンで売られていたものが買い戻されている、というのが正しい。円は安全資産などではなく単に金利が他国と比べて低かったから調達通貨、ファンディング通貨として売られていただけだ。リスクオフではキャリートレードの巻き戻しが起きて円高となっていたに過ぎない。相場下落時にリスクポジションを解消するのは当然の動きであって、誰かが安心を求めて円を買い漁っているわけではないのだ。

そしてこの状況に終わりが見え始めている。金融危機以降に世界で金利の低下が進み各国の金利差が縮小したことでキャリートレードの魅力が薄れたことに加え、ECBもマイナス金利を導入したことで歴史的円安水準にある円よりユーロのほうがファンディング通貨として好まれるようになったのだ。そうなれば円は売られることも買われることも減る。FXにおける円の取引量が低迷しているのは円キャリーが行われなくなってきたためなのだ。

円キャリーがなくなれば普段の円安圧力も消えるがリスクオフでの円買いもなくなる。だがここに日本の対外投資が加わると話が変わってくる。ご存じの通り日本政府は円安を望んでいる。意図的な円安政策で全国民から満遍なく購買力を奪い、輸出企業を儲けさせるという政策を長くとってきたのだ。輸出企業が稼いだ外貨を国内に還流していた頃はそれでよかったのかもしれないが、今は稼いだ外貨を現地で投資に使うことが多くなっている。日本は企業にとっても投資家にとっても魅力がない国なので投資機会を外国に求めるのは自然なことだ。

需給がニュートラルであれば1ドル=90円程度の水準になっているはずだが実際は15%以上円安だ。輸出企業が日本人の購買力を犠牲にして外貨を稼ぎ、日本の投資家が海外投資を積極的に行ってきた結果が今の水準なのだ。円安政策といえば聞こえはいいが実態は円の価値を破壊し国を貧しくさせる行為だ。政府による奔放な財政政策と日銀による通貨価値毀損政策によって日本は貧しくなっている。見かけ上インフレになっていないのは人口減で需要が減っているからで、インフラ維持費を渋ったり過疎地域を切り捨てることで節約しているからだ。ない袖は振れないということで居住可能地域が減ったり交通が不便になったりで国土の荒廃は進んでいる。


公的債務は政府の借金だから問題ないなどと言う人がいるが徳政令という言葉がある通り日本は何度も債務の帳消しをしている。近代でも明治初期には1ドル=1円だったのが西南戦争で1ドル=2円になり、世界恐慌後の財政拡大で1ドル=4円以上、戦後にも積極財政で1ドル=360円になるハイパーインフレを起こしている。デノミこそ行われていないが日本は通貨価値を毀損させ借金をチャラにする常習国なのだ。現在の公的債務もGDPの200%以上だがこれも将来そうやって返すであろうことは想像に難くない。そうなった時に待っているのは大幅な円安だろう。

金利が急騰すると何が起きるのかで財政破綻について書いたことがあったがこれはバランスシートと政策アプローチの話だけで為替レートについては考慮していないものだった。国債を買っているのは銀行だが主たる預金者である高齢者が貯金を取り崩すようになれば銀行が国債を買えなくなるので国債市場が不安定化する恐れがある。マイナス金利で収益力も下がり融資の需要も少ないので銀行の統廃合も進むだろう。そうなれば円の価値下落を見越した逃避の円売りで円安が進み購買力が下がり輸入ができなくなり国内から物が消えるというのは十分にありうるシナリオだ。財政危機がどのような経路で波及するのか予想するのは難しいが過去の例から短期間での大幅な円安という可能性は覚えておきたい。

最後に為替についておさらいしておこう。為替は長期で見れば購買力と連動する、短期で見れば需給で動く。これが原則だ。オイルショック以降の円高は日本のインフレ率が他国より低かったからで今後もこれが続くとは限らない。現在の円安は外貨需要>円貨需要の状態が続いているためで、この背景には稼いだ外貨を円転しない輸出企業や収益機会を求めて海外投資をする本邦投資家の動きがある。

これからも継続して人口が減少していく世界一の高齢社会である日本に投資が集まるとは考えにくい。事業拡大の機会もないので円を買いたがるのは日本の企業や投資家のヘッジやリパトリぐらいであるが、事業継続の危機でもない限りは彼らが海外投資を引き上げることはないだろう。機会の乏しい日本で運用するよりも海外でリターンを得るほうが簡単だからだ。投機的な取引もキャリートレードも反対売買を伴うので市場的には中立である。限定的な円買い需要に対して円売り需要は今後も発生し続けるだろう。


衰退していく日本では投資の機会も限られる。国内企業と投資家が海外でリターンを求めているうちはまだいいがそこに日本の財政危機が加われば円の価値はあっと言う間に下がるだろう。ある日突然、何か象徴的な出来事を伴って日銀の円安政策は功を奏するかもしれない。その時日本国民は皆等しく貧しくなるが、外貨を持っておくことでそれを和らげることはできる。日本に住むものならば、政府が意図的に通貨価値を毀損させようとしていることは知っておきたい。

参考コラム
なぜドル円だけが3桁なのか=佐々木融氏

円が「安全通貨」ではなくなるとき=佐々木融氏

円急落、「安全通貨」の機能終えんか=佐々木融氏

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