2023年1月12日木曜日

信用を失った中央銀行 権威を取り戻すことはできるか

 何が起こるからわからない金融市場で今年は珍しく予想できそうなことがある。それは中銀と市場の対決だ。FRB当局者は今年の利下げはないと言っているが債券市場では既に織り込まれている。この齟齬は今年解消されることになるだろう。

70ー80年代の高インフレ時代から40年以上経ったが、インフレについては何もわかっていないことがわかった。中央銀行はインフレターゲットを掲げて根拠のない自信を持っていたようだが、「一過性」の妄言は高止まりする物価によって打ち砕かれた。中銀を嘘つきと責めることは容易だがインフレを予期していなかったのは市場も同じだ。フォワードガイダンスをやめて大幅利上げを繰り返した中銀に市場が不信感を持ってもおかしくはないが、「政策に売りなし」や「中銀プット」などと言っていた市場が「Don't fight the Fed」に真っ向から逆らうのは都合がよすぎるだろう。

一過性の嘘やフォワードガイダンスの撤廃によって連邦準備銀行はじめ世界の中央銀行は信用をなくしたが政策を決めるのは彼らであって市場ではない。最近は「噂で買って事実で買う」のようにも見えるご都合解釈がまかり通っているがそれが間違いであればいつかは正さなくてはならない。去年秋の米CPIが予想より高くて金利が下がり株価上昇、その後米CPIが予想より低くて金利が下がり株価上昇というのは象徴的な出来事だ。市場は予測や事実で動くのではなく期待や願望で動くものなのだろう。市場は需給で決まるので多数派の思惑が反映されるということだ。

金利先物では2023年は前半に利上げもターミナルレートは5%で年後半に0.5%の利下げとされているようだがFRBでは最低でも5.25%まで上げて少なくとも今年の利下げはないという意見が多いようだ。政策決定権を持つ彼らの意見が完全に無視されているのはかなり異様だ。たとえるなら学校の先生は来週月曜日にテストをすると言っているが生徒たちの間では月曜は台風が来て休校になるからテストは火曜になるという言説が支配的になっているといったところか。FRBはデータ次第とは言っているがこのままFRBが市場に屈するような形で意見を曲げることになれば中央銀行の信用は完全に失われてしまうだろう。

そもそも景気が悪ければ利下げというのは市場の願望だ。多くの中央銀行の責務は物価の安定と雇用の最大化であって金融市場の支援ではない。つまり景気は中銀のあずかり知るところではないということだ。しかも米国の雇用はひっ迫していてFRBも物価の安定こそが現在の最重要目標であると言っている。インフレがピークを迎えたとしてもすぐに利下げすることはないだろう。個人的な意見としては米国のインフレ率は3-6%程度で高止まりするのではないかと思っている。実質金利がマイナスのままでは金利は制限的とはならないからだ。

成長の副作用としてインフレをどこまで受け入れられるかだが実際のところ2%と3%はそこまで変わらないかもしれない。だがインフレ目標を3%としてゴールを動かしてしまうとこれもまた信用を失う行為で期待インフレ率にも作用してしまうかもしれない。現在のインフレターゲットにこだわるなら中銀はインフレ率が2%に低下するまで実質金利をプラスにしておく必要があるのではないか。インフレ率がすぐに低下して利下げされるという市場の期待は楽観的過ぎると思う。

金利は40年以上低下傾向で株価が下がるたびに財政や金融の支援があったが金融政策も財政政策もやりつくした感がある。インフレを放置するならそういった政策を続けることもできるだろうが緩和、資産買い入れ、バラマキはより資産高の恩恵を受ける富裕層の優遇という側面もあるのでさらなる緩和を許せば格差の拡大も容認することになる。インフレが落ち着いたからといってすぐに緩和していてはまた次のバブルを引き起こしそれは高インフレにも寄与する。金利は中銀が人為的に操作できるので当局者の意向次第ではあるが彼らが早期の緩和を否定している以上市場は胴元に逆らう賭けに出ていることになる。

利上げの正当性やインフレ予想の正確性はともかく金利を決定できるのは中央銀行だ。インフレ予想を外し正当性のない利上げでも彼らがやると言えばできる。金融引き締めをしたのに金利が下がり株価が上がり緩和的な環境になってしまうのは政策実行の面でもマイナスだ。有言不実行で市場に成功体験を与えてしまうよりは有言実行で市場から主導権を取り戻したほうがいいのではないか。現在は利上げのやりすぎよりも市場に迎合して信用を失うリスクのほうが大きいように思える。金融資産や不動産が高止まりしたままインフレだけが低下するかは未知数だ。

インフレ高騰初期はサプライチェーンの混乱やエネルギーが物価高の原因であったがその後は賃金や家賃などインフレは幅広い分野に広がっていった。ヘッドラインが高い時はコアは低いと言い、コアが高くなるとヘッドラインのピークは過ぎたと都合よく解釈する。市場とはそういうものかもしれないがコアが高止まりしている以上中銀は手綱を緩めるべきではないだろう。FRBが今年利下げをするようなことになれば中銀はもはや存在意義を失うが中央銀行が再び信用を取り戻し市場が当局者の言葉を聞き入れる日は来るのだろうか?

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