2022年12月31日土曜日

異常なドル高の理由を考える

 個人的に今年最大の読み間違いは歴史的なドル高であった。理論的には通貨安になるはずの高インフレで何故ドルだけが買われることになったのか考えてみたい。

まず原則として貿易赤字、高インフレは通貨安の要因だ。双子の赤字と高いインフレに苦しむ国の通貨がどうなるかと聞かれれば安くなるとしか言えない。にもかかわらず今年は大幅にドル高が進むこととなった。理屈的にはおかしいが市場は需給で決まるので受け入れるしかないがこれはボールを投げたら放物線を描かず空に浮かんでいったようなもので普通ではない。決済通貨として使われ準備通貨として保有される米ドルならではの現象だろう。

ドル高の要因として利上げが挙げられることが多いが実質金利がマイナスのドルは持っているだけで損をする通貨である。たとえ金利が何%であろうと実質金利がマイナスならば購買力は下がることになる。金利が4%でもインフレが6%なら通貨の価値は毎年2%目減りするということだ。トルコリラが高金利にもかかわらず減価し続けているのを見ればこれは理解できるだろう。では利息に税金を払ってさらに通貨価値の下落で損をするドル買いがなぜこれほど流行っているのか?それは市場参加者が盲目的に利上げは買いと殺到したからではないかと思う。

実質金利はあまり話題にあがることはないが本来名目金利より重要なものだ。実質金利がマイナスである限りお金は借りて使ったほうが得で緩和的な環境だと言える。FRBが目指しているのも実質金利をプラスにすることであろう。もしインフレ率が4%なら金利が4%で実質金利はやっとゼロだ。インフレ率を下げていくには実質金利を1%程度まで上げる必要があるのではないかと思う。それがタカ派の主張するターミナルレート5-7%の根拠だ。とにかく金利がインフレ率より高くならないと制限的な金利にはならない。

金利が高いからといってそれ以上に減価する通貨を買う合理的な理由は見当たらないがドルには決済通貨としての側面もある。原油をはじめコモディティはドル建てで取引されることが多い。輸入をするのにドルが必要なのだ。これが重要な部分で、ドルが必要な世界中の企業はドル建て社債を発行することが多い。米国債に4%の金利がつく時に企業がそれ以下の金利でドルを借りることは難しい。米国がリスクフリーレートを上げると全てのドル建て債券の金利に上昇圧力がかかるのだ。高い金利では借りることが難しくなるので安いうちに借りてしまおうという心理が働くのはおかしくはない。

買い手の立場からすればそれは明確だろう。一企業のドル建て社債と米国政府の発行する債券、同じ金利ならどちらを買うだろうか?もしドル建て社債、もしくは為替レートを加味した上での別通貨の社債をFF金利より安く発行して売れるとしたら可能な限り起債して手に入ったドルで米国債を買えば金利差がそのまま収入となる。つまり裁定取引ができるというわけだ。円売りがここまで進んだのは円建てで安い金利の社債を発行してドル買いをして米国債を買っても利益が出ない水準まで売り込まれたということではないか。データで検証などはしていないがこの理由ならば納得はできる。

企業や個人が金利が上がるということでドルの調達を急いだという考えが正しいならばある程度金利が上がってしまってドルも高くなったのでドル高はもう終わりということになるがそれは時間が教えてくれるだろう。今のドル高ではたとえ日本の低金利でお金を借りることができたとしても米国債を買って差額を稼ぐのは難しい。購買力平価に逆行したこの現象がどこまで続くかしっかり見ておきたい。

もう1点、アメリカドルは各国が保有する準備通貨としても使われている。これは米国債として保有している部分もあるがそれも含めて採用率は世界一だろう。この状況でドルの価値が下落すれば米国から世界にインフレが輸出されることになる。ドルのインフレで各国資産が目減りするので米国のインフレは世界のインフレになってしまうのだ。ドルの価値が下がるとドル高になるのは奇妙ではあるがアメリカの物価高は世界で痛み分けというシステムになってしまっている。

ドル利用によるシステム的問題はこれだけにとどまらない。ロシアが制裁で口座を凍結されてドルが使用不可能になりデフォルトさせられたことからも明らかだがアメリカは金融システムを政治利用する。日本は米国債の最大の保有国であるがこれは売ることもできないし使うこともできない絵に描いた餅だ。売ろうとすれば猛反発にあい使おうとすれば制裁を受ける。帳簿上に記載はされているが役に立たない資産だ。日本は世界一の債権国と言われているがそんなもの踏み倒されれば終わりだ。取り立てられない債権に価値はない。ドルも米国債もアメリカの政治のための道具なので覇権国家が入れ替わるようなことがあれば無価値になってしまう。

ブレトンウッズ3という言葉も聞かれるようになってきたがそれも夢物語ではないように思う。ブレトンウッズ体制とは米国が金とドルを固定された比率で交換することを約束したものだ。ドルがどんどん発行され価値が下がっていくのに対して金は流通量も大きく増やせず価値も大きく変わらないので交換比率が固定であればどんどん金に交換するのが得になり時間とともに体制が崩壊するのは必然であった。割安で金を持っていかれるのに耐えられなくなった米国が金とドルの交換を停止したのがブレトンウッズ体制の崩壊だ。

その後変動相場制が定着し金の代わりに米国債を保有するようになったのがブレトンウッズ2だ。決済通貨であるドルを多量に保有することで価値を担保しようというわけだ。経済学における通貨には交換、価値保存、価値尺度という役割があるが通貨の利用において最大の障壁となるのが価値保存だろう。交換は物々交換でもよいし通貨単位がなくても数字を使えば尺度にはなる。価値を保存することが一番難しいのだ。ドルには決済通貨としての価値はあるがそれが揺らいでいることはイランやロシアを見ればわかる。米国債を担保として保有することの意義に疑義が生じているのだ。

そこで提唱されているのがブレトンウッズ3だ。これは通貨や債券といった帳簿上の資産ではなく食料、資源、エネルギーなどの実物資産を通貨の裏付けに使おうという発想だ。人民元や仮想通貨(暗号資産)を代替にという声もあるがそれでは問題は解決しないのでそちらへ向かっていく可能性は低いだろう。貴金属や穀物をお金にするのは古くからある話ではあるがそちらへの回帰は合理的にも思える。だた金本位制は下落していく通貨価値に合わせて交換比率を変えることになるので何度も失敗している。原油1バレルを単位とした通貨を作ればいいようにも思えるがそうすると今度は原油の質の問題が出てくる。原油にはグレードも貯蔵期限もあるのでやはり価値の保存が問題となってくる。

通貨の価値は経済の拡大とともに下落していく宿命だ。エネルギー単位を通貨の基準にすれば価値保存はできるかもしれない。仕事率の単位では馬力が使われているがジュールなどの単位でエネルギーを提供することを担保とした通貨であれば発行体が信用を失わない限り通貨価値は一定となるのではないか。食料にも質や貯蔵の問題があるので価値保存に適した担保は貴金属やエネルギーとなるが貴金属は使い道で利用価値が変わる問題がある。ブレトンウッズ3を目指すのであれば客観的に計測できる物資や仕事を提供することを担保としたものになるのではないか。

ドル高なのは利上げで買いだからという説明では矛盾が生じてくる。決済通貨のリスクフリーレートが上がったということであればそれに伴う各国への影響や裁定取引でドル高が進むことは説得力がある。準備通貨の価値が下落することはインフレの輸出をすることにもなる。アメリカの都合次第でどうとでもなるドルに頼った金融システムは実は脆弱だ。ブレトンウッズ体制であればドルの価値が下がれば金に交換すればよかったが、ドルを米国債に変えても価値は保存されない。しかもドルも米国債もいくらでも発行できるので米国は困らない。ブレトンウッズ3のようなものが実現するかはわからないがインフレで米ドルの価値が下がるとドル高が進むという現象には不安を覚えずにはいられない。

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