2016年11月26日土曜日

トランプ派とクリントン派 本当の差別主義者はどちらか

トランプ氏が大統領選に勝利して以来トランプ支持者たちには受難の日々が続いている。彼らは人口の半分ほどもいるのに大っぴらに勝利を祝うことも出来ず街では反トランプの集団が目を光らせている。隠れトランプは何故隠れなければならなかったのか?トランプ氏の勝利によってそれが明らかとなった。

クリントン支持者の中には「トランプが勝ったら世界の終わりだ」「トランプが勝ったらカナダに移住する」などとトランプヘイトを繰り返したりトランプ氏勝利後は「私の大統領でない」と民主主義の否定をしたりする人たちがいた。過激な発言や大それたことを言うのはトランプ氏の専売特許ではなかったのだ。彼らは自由と平等を愛するリベラル層とされることが多く自分たちを人権の守り神とでも思っているのかもしれない。だがトランプ氏勝利後に実際に世界が大きく変わったりカナダへの移住者が増えたりはしていない。トーンダウンしたトランプ氏を真似しているのだろうか。トランプ氏は昔からあった分断を再認識させただけでヘイトクライムはトランプ氏の責任ではない。反トランプデモでは逮捕者も相次いだが破壊行為や暴動は犯罪だ。

弾圧されているのはトランプ支持者なのだ。トランプ氏は差別的とも言える発言をしたり言い過ぎるたりすることもあるが投票者の半分は彼に共感している。反トランプデモの頻発を見ると排他的で暴力の危険がある集団が街中を歩き回っているようにも見える。トランプ氏は不法移民には反対だが反移民ではない。不法移民はそもそも密入国をした犯罪者で不法滞在者だ。それを不問にし手厚く保護するなどというのはどの国もやっていない。全ての人が平等というと聞こえはいいが国が守るべきは国民だ。移民に寛容だったヨーロッパもその数が急増すると追い返し始めた。まず国が奉仕すべきは税金を納めている国民であって外国のかわいそうな人たちではない。国内に解決すべきたくさんの問題があるのにそれを無視して国外に援助したり外国人を保護したりするのは国民に対する裏切りだ。

自分たちの思想が絶対的に正しいと他者を排除するのはリベラルではない。過去にはキリスト教の十字軍があった。現在ではイスラム国がそれをしている。正義の剣を振りかざし自分たちに従わないものを弾圧するのは気持ちがいいかもしれない。だがトランプ支持者は間違っているから差別してよいという考え方は差別主義者そのものだ。他者に寛容であれと言うのはいいがそれを他人にも強制するのは不寛容である。自分たちと違うものも受け入れ許容する。多様性とはそういうことだ。

「不法移民を含む全ての人の自由と権利を保障しろ」「全ての難民を受け入れて保護しろ」といった人道主義を掲げるのはいいがでは誰が負担をするのか?この視点が抜け落ちていると何を言ってもお花畑の理想論でしかない。コストを考えずに正論をまき散らすのは何の解決にもならない。現実では政策に優先順位をつけて出来ることからやっていくしかない。どれをやらないのか、どれからやるのか、政治家にはシビアで現実的な判断を期待したい。

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